背の低い自分と長く付き合っていかなければならない事実に直面した時、私は自分の背が低いことを嫌悪する前に自分の背が低い事の優越を考えることにしました。
嫌悪感を抱いたり、劣等感を抱いたりするのは実に簡単でした。何せ嫌いになればいいだけの話ですし、暗く考えれば済むだけの話だったからです。反面優越。こと背の低い事の優越を考えるのは長い時間を要しました。大嫌いで、出来る事なら背の高い友人が「いらない」と言った背を削って張り合わせたら私の背は高くなるんじゃなかろうか…そんな馬鹿な事まで真剣に考えていた程の事を好きになろうとしたからです。
優越は簡単には見つかりませんでした。先輩に相談した結果、得られた前述の答えだけがわたしの小さな身長の優越に長い間なっていました。背が低い事はそれほどに長い間自分のコンプレックスの根源になっていたのです。
今、30歳を目前に控えて思います。人生90年の時代になった今、まだ3分の1も生きていない自分の背を小さい小さいと嘆く前に、背の高い人が気づかない小さな日常の変化に気づくことができるほうが大切なのではないか。誰にも取れない才能を見出すことができるのは小さなわたしだけなのではないかと。これこそが私の背が低い事の優越です。
背が低い事は悩みの種なのか:サイトマップ
背が低い事は病的なのか。ー 背が低いのは悪い事なのか。ー 背が低いことは劣等感を生みだす。ー 背が高い人にわからないこと。ー 背が高い人への憧れ。ー 背が低い優越。ー 背が低いことは悩みの種になりますか。





