私は自分が背が低いことを真正面から受け入れ、その優越を見出すことで自分を愛する術を見出しました。背が低い事は悩みの種になりうる当人にとってはとても大きな問題だと思っています。
ただしかし、それによってその人の人生が疲弊したり、陰鬱とした人生を歩むほど大きな問題ではないとも同時に思っています。身長は別にその人の単なる外見的特徴であって内面では無いからです。
悲しいかな人間は一つ劣等感を抱く原因があるとそれによって自分の内面まで卑屈で陰鬱なものに変えてしまいます。また、才能ある背の低い人は世の中沢山います。背が低くともその才能はあまりあるもので、それはその人の外見ではなく努力であったり内面的な良さによって形作られているものだからです。
背が低いからこれはできない。背が低いからあれができない。何かのせいにしないといけないのは、自分が向かう先がはっきりしていなくて自信の無い証拠なのではないでしょうか。
少なくとも私は自分に自信がありませんでした。それは努力が足りないことを自分が一番よくわかっていたからかも知れません。誰にも負けない自分の強さを見出すのは、背の高い・低いではありません。個人の才能と、才能だけに頼らない努力こその強さだという事を忘れてはならないのです。
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